鴎外荘（水月ホテル）　F6水彩

水月ホテルの中庭に平屋造りの「鴎外荘」がひっそりと佇んでいる。ここで処女小説『舞姫』が誕生した。長男の於菟は父の留学時代の恋人について『父親としての森鴎外』に書き記している。 　「エリスは太田豊太郎との間に子を儲け仲を裂かれて気が狂ったのであるが、父にもその青年士官としての独逸留学時代にある期間親しくしていた婦人があった。私が幼時祖母からきいた所によるとその婦人が父の帰朝後まもなく後を慕って横浜まで来た。これはその当時貧しい一家を興すすべての望みを父にかけていた祖父母、そして折角役について昇進の階を上り初めようとする父に対しての上司の御覚えばかりを気にしていた老人等には非常な事件であった。親孝行な父を総掛かりで説き伏せて父を女に遭わせず代わりに父の弟篤次郎と親戚の某博士とを横浜港外の船にやり、旅費を与えて故郷に帰らせた。 　一生を通じて女性に対して恬淡に見えた父が胸中忘れかねていたのはこの人ではなかったか。・・・」 　そして最初の結婚については、「祖父母は自分等の今までの生涯の力の全部をかけ全精神を注ぎかつ一家の運命を託したはずの息子が手を離したら再び異郷に飛去って行くように感じた。それで離れ行く我が子をその手にひきとめるのに懸命になった。 　　　（同郷の恩人の西周の紹介で赤松登志子と見合い結婚をする）・・・ 　前後から察するに父はただ投げやりに両親の意に任せたようにも見える。これが自己を主張しなかった父の第二の場合であると考えられる。・・・」